2020年4月16日木曜日

休校中、モチベーションが下がった全国の高校生へ

休校中、モチベーションが下がった全国の高校生へ

なぜ生物基礎 1編、2編」を学ぶのか?
について簡単なメモをまとめました。
「なんでこんなの勉強しなきゃいけないの。興味ないわ」と思ったら、読んでみてください。

1編 生物の特徴


第1章 なぜ「生物の多様性と共通性」について学ぶのか?


我々はもちろん生物である。しかし、よく考えてみると、生物と生物でないものの区別は難しい。我々と同じようにDNAに遺伝子をもつウイルスは生物か?木でできた机は?コンピュータウイルスは?スマホも刺激に反応するが、我々のイオンの濃度差を使った神経シグナルによる反応とどう異なるのか?心臓や脳の無い生物は無数に存在する。心は生物か?シャーレで増える細胞は生物か?

生物の共通性とは何か?多様な部分はどこか?
今は、生物体を真似して機械を設計する時代である。人類は自然選択をも参考資料にしてしまうのだ。もしかしたら、生物の多様性の中に、未来のイノベーションに役立つアイディアがあるかもしれない。
生物学のカバーする範囲は、中学校で習った範囲よりもはるかに広大で、あいまいで、深いのだ。

アメーバやゾウリムシは単細胞生物である。「単細胞生物」を単純なものをあらわす悪口のように使う人がいるが、まったくおかしい。細胞レベルで見れば、我々のもつ多くの細胞よりはるかに複雑な構造体が、単細胞生物の細胞内部に見られる。

単細胞生物であるミドリムシは、葉緑体を持ちながら、(植物とは違い細胞壁をもたないので)ぐにゃぐにゃと光を求めて移動する。人体を構成する細胞には当然そんなことはできない。
ちなみに、細胞壁はセルロースという糖が主成分(食物繊維などともよばれる)で、このセルロースという糖は人には消化できない。したがって、細胞壁に守られた植物細胞内部の栄養素は、人には取り出しにくい。しかし、ミドリムシは細胞壁をもたないので、細胞内部の栄養素が取り出しやすいのだそうだ。ミドリムシラーメンが東大の近くで食えるが、うまい。
ミドリムシは未来の栄養源として注目されている。その構造を学んでおいて損はないだろう。

「生物学は自分には関係ない」などと思ってはいけない。何を隠そう、あなた自身が、生物物理学・分子生物学・生化学・細胞生物学・進化生物学・発生生物学・遺伝学・生理学・解剖学・病理学・薬理学・動物行動学・微生物学・分類学・人文社会科学・教育学・生態学・保全生物学・宇宙生物学に関する膨大な研究成果の唯一の根拠、『生物』なのだから。あなた自身のことについて、少し勉強してみようではないか。






第2章 なぜ「生命活動とエネルギー」について学ぶのか?


エネルギー保存の法則は、マクロな世界では、一般に成り立つ。実生活のレベルでは、エネルギーが無から湧いて出ることはない。

我々はエネルギーを利用して動く「動物」である。我々は、大雑把にいえば、食事の中に含まれる化学エネルギーを、呼吸(正確には「細胞呼吸」。化学反応の種類としての呼吸のこと。ガス交換としての呼吸、外呼吸のことではない)という複雑な化学反応で取り出しているのだ(我々は従属栄養生物である)。生物基礎で呼吸を学ばなかった学生は、自分がなんのために弁当を食べるのか、正確な理由を知らずにいるということになる。

一方、植物は弁当を食べない(植物は独立栄養生物だ)。なぜだろうか?鍵は光合成にある。

ファインマン(ノーベル物理学賞受賞者)は、幼少の頃、父に「どうしてぜんまいのおもちゃが動くのか」問われたそうだ。ファインマンは「ぜんまいで動いている」と答えた。この答えは正しいだろう。しかし、ファインマンの父の答えは違った。ぜんまいのおもちゃが動くのは「太陽」が出ているからだという。つまり、
植物が光合成により太陽から発せられる光エネルギーをATPの中の化学エネルギーに変え、
そのATPを使ってグルコースを合成し、
そのグルコースを食べた我々がグルコースの中から化学エネルギーを取り出しATPを合成し、
生じたATPの化学エネルギーを筋肉の細胞内で利用し、肉体の運動エネルギーに変え、
それによって我々はぜんまいを巻き、
そしてぜんまいのおもちゃは動くのである(エネルギーの変換には多くの熱エネルギーのロスが伴うことも忘れてはならない)。つまり、我々の生活とエネルギーは切っても切り離せない。
(ATPとは、全生命体が利用するエネルギーの通貨としてはたらく化学物質のこと。ここにも生命の共通性が見出される。ちなみに、細菌などの微生物の侵入に注意が必要な食品工場等の衛生管理において、細菌の検出には小型のATP検出装置が使われている。ATPあるところに生命ありなのだ

また、君の部屋には木でできた家具はないだろうか。大雑把に言えば、木の原材料は空気なのだ。空気中の二酸化炭素の炭素を利用して、植物は自身の体をつくりあげる。光合成は、我々の生活を支えているのだ。君の勉強机も、木でできているならば、それはかつて植物が光合成の基質として二酸化炭素を取り込み、糖(糖は別名「炭水化物」。植物は光合成によって二酸化「炭」素と「水」を用いて炭水化物を作り上げる)として組み立てた結果できたものなのだ。我々動物にはできない崇高な芸だ。

この単元を学ぶことで、地球上の生命が依存するほぼすべてのエネルギーの源は太陽であるということ、そして我々人類の活動は、植物(やシアノバクテリア)が行う光合成という複雑な化学反応に完全に依存しているということに気づくだろう。植物が光エネルギーを、グルコースというエネルギーの貯蔵物質に変換してくれないと、我々動物はエネルギーを得ることができないのだ。我々は植物が健気にためた貯蔵物質(グルコース)を強奪しながら生存しているのである。ベジタリアンだって過酷な食物網の中にいるのだ。

この単元を学んではじめて、「どうして植物を大切にしなければならないのか」という問いの答えのひとつを得ることになる。エネルギーと生物の関係を学ばないと、環境問題すら語ることができないのだ。




2編 遺伝子とそのはたらき

第1章 なぜ「生物と遺伝子」について学ぶのか?


現在、「遺伝子」という語はふつうに耳にする。では、遺伝子とは何か?この問いに答えられずしてどう遺伝子を語るのか?遺伝子操作とは、いったい何を「操作」するものなのか?現代を生きる上で、遺伝子に関する知識は必須である。もしかしたら、遺伝子を操作することで救える命があるかもしれない。もしくは、「あなたのお子さんの遺伝子についてですが・・・」と医者が話す時代が来る(一部はもう来ている)かもしれない。

人の遺伝子がおよそ2万個である、と言った時に、一体何を数えて2万個なのか?また、遺伝子組み組換え食品とは、何をどう組換えたものなのか?「遺伝子組換え食品って、なんとなく怖い!」と言う意見は科学的ではない。遺伝子を知らずにいては、怖いかどうかの判断すらできないはずである。

DNA(デオキシリボ核酸、つまりデオキシリボースという糖が含まれた核酸)を知っているだろう。しかし、DNAがどんな形をしているかを知っているだろうか?どうして生物学者はDNAを「鎖」に例えるのだろう?実はDNAは、ヌクレオチドとよばれるものが長くつながったものなのである。

昔、ほとんどの生物学者はDNAに遺伝子があるとは信じなかった。構造が単純極まりない(と判断していた)からだ。しかし実際は違った。その単純な構造の中に、膨大な「暗号」が秘められていたのだ。人類は、自然が進化の過程でつくりあげたその暗号体系、塩基配列を読みこなせるようになった(「遺伝暗号表」を完成させた)。アインシュタインは科学の営みをコナン・ドイルの探偵小説に例えた。まさに生物学者は自然を暴いているのだ。

塩基配列1つの違いで、お酒に強いかどうかだけでなく、疾患の可能性、薬剤の効果まで決定される時代が近づいている。オーダーメイド医療が当たり前になる前に、DNAと遺伝子の基礎知識までを学んでおこうではないか。



第2章 なぜ「遺伝情報の分配」を学ぶのか?


1950年代はじめ、ある研究者は、悪性腫瘍(悪性新生物)から細胞を得た。その細胞、即ち「がん細胞」は、採取した患者の頭文字をとってヒーラ(HeLa)細胞と名付けられた。この不死化した細胞は、世界中の研究室の間でやりとりされ、がん細胞の研究に用いられている。がん細胞は、体細胞分裂の制御が破綻した細胞である。我々が後世へ命をつなぐときも、がん細胞が増殖するときも、細胞分裂がカギを握っている。

「おなじものを2つつくろう。自らを増殖させよう」という営みが、生命の根本である。リチャード・ドーキンスという学者は、数十億年の間に、自分を複製するものが生じ、はびこることは決して想像しがたいことではない、(しかもそれが生じるのはたった1回でよい)と指摘している。自己複製を行うシステムが複雑化したものが生命なのかもしれない。

「え~私まだ子供つくらないし」などと思うだろうか。しかし、毎日、あなたの体からは、(時には垢として)無数の細胞が剥がれ落ちている。赤血球も毎日恐ろしい数が破壊されている。それらの細胞はどこから供給され、そしてどのようにつくられるのだろうか?皮膚の細胞が間違えて神経細胞になってしまったら、体の構造はめちゃくちゃだ。驚くほど正確に、迅速に、慎重に、細胞は数を増やさなければならない。

(基礎なし生物では、アポトーシスという、細胞の自殺を学ぶ[我々の指は、指の間の細胞、河童の手のみずかきの部分にあたる細胞がアポトーシスで死滅することでできた]。また、生物基礎でも、のちに、ウイルス感染細胞を殺すキラーT細胞という細胞を学ぶ。「全体を生かすために、個を殺す、自らを生かすために自らを殺す」というのは、多細胞生物の不思議な哲学である)

また、不思議なことに、細胞は、原則、自身の持つ遺伝情報をすべて保持したまま体細胞分裂するのである(DNAを2倍に増やしてから、分裂にあわせてDNAを均等に分配する)。

この事実は、ガードン博士がカエルで証明した。そして、その研究成果は、深くiPS細胞の開発に関わっている(ガードン博士と山中教授は同時にノーベル賞を受賞した)。

もし、体細胞分裂の研究の延長上に「自分の細胞を分裂させ、自分の臓器を、もうひとつつくる未来」があるのなら、人類が体細胞分裂について深く学ぶ理由にならないだろうか。体細胞分裂は、人類を救う未来の医療の重大な鍵にもなれば、冒頭で述べたように、人類の永遠の敵にもなり得るのである。

(基礎なしの生物では、減数分裂という、体細胞分裂とは異なる、非常に特殊な細胞分裂を学ぶことになる。驚くべきことに、我々は、卵や精子を作る際、自然条件下でも、遺伝子を組換えているのだ)





第3章 なぜ「遺伝情報とタンパク質の合成」について学ぶのか?


1988年、米国国立衛生研究所がヒトゲノム計画を公式に発表し、その計画を統率するためにワトソン(DNAの二重らせん構造の発見者のひとり)をトップに招いた。2003年、ヒトのDNA全体の塩基配列が解読された。ゲノムとは、例えて言うなら、その生物のタンパク質の設計図(遺伝子)を寄せ集めたある種の図鑑である。

(ヒトゲノム計画などと聞くと少し怖い印象があるが、単純な計画である。人のDNAの塩基配列をすべて読み取ろうとする計画である。ちなみに、多くの人々は、ヒトゲノム計画の完了が生物学の終焉だと予測した。塩基配列が読めてしまえば、もう生物学に未知なことなどなくなるという、今になってみれば馬鹿げた考えであった。大学内容だが、塩基配列以外にも重大な遺伝子発現に関するしくみが近年次々と発見されており、ヒトゲノム計画の完了は、生物学の終わりではなく、はじまりだった)

生命体の主成分はタンパク質である。我々の細胞に、たとえばニンジンのタンパク質を混入させただけで、多くの場合その細胞は死に至る。生命活動とは、タンパク質の活動といってもよい(そのタンパク質の設計図が遺伝子である)。ウイルスから体を守る最強の軍団もタンパク質(免疫グロブリンなど)、体中に呼吸のための酸素を運ぶ献身的な運送屋もタンパク質(ヘモグロビン)、光を扱う目の光学技士もタンパク質(クリスタリン)、化学反応を上手に制御する魔法使いもタンパク質(触媒として働く各種酵素など。酵素の中には、1億年に1回しか起こらない化学反応を1秒に1回起こすように変えてしまうものもある)である。あなたの命を救う薬もタンパク質かもしれない。

どのような厳密な作業があれば、このような多様なタンパク質を、限られた、アミノ酸という材料からつくることができるのだろうか?知っておかねばなるまい。ちなみに、ニュースで「抗体」という語をよく聞くと思うが、この抗体も実体は(前述した)免疫グロブリンというタンパク質である。

2020年4月、全世界の天才的生物学者が、新型コロナウイルスに結合し、感染能力を無力化するような抗体を探している(のちに学ぶが、抗体は、その形によって、攻撃できる敵が異なる。新型のウイルスに対抗するには、そのウイルスに適した抗体が必要なのである)。この世界を救うのは、タンパク質かもしれない。

あなたが食べるステーキも主成分はタンパク質である。グルメ番組が大好きなコラーゲンもタンパク質である。タンパク質学を少し学ぶと、栄養に関する観念が変わると思う。

「おいしそうなステーキ!いただきまーす!」と「コラーゲンたっぷり!お肌の健康によさそう!いただきまーす!」はまったく印象が異なるセリフだが、どちらもタンパク質を摂取していることに違いはない。

さて、目には見えない、精巧なタンパク質工場の世界をもっと学んでみようではないか。それは『あなたがどうつくられるか』という問題に深く関わっている。我々、生物は、生まれてから一度も『完成』などしたことはない。常に壊れ続け、常につくられ続けているのだ。生命体は、一言でいえば、増えるタンパク質工場なのだ。

タンパク質の設計図であるDNAは、真核生物では、核という金庫で守られている。放射線という言葉を聞いたことがあるだろう。どうして放射線が危険か説明できるだろうか?放射線は、DNAの一部を破壊し得る、つまり、タンパク質の設計図を書き換え得るのである。「DNAの情報がどのようにタンパク質へと流れていくか」を説明できなければ(二重らせん構造の発見者、クリックが提唱した、セントラルドグマについて説明できなければ)、放射線の危険性について何も説明できないことになる。「生物基礎入試に使わないよー」なんて思っている物理に興味がある理系志望の諸君も、しっかり生物基礎を学んでほしい。物理系の教授が生物学の畑にさっと入ってすぐに論文を書いてしまう・・なんてことも現在はよくあることだ。もはや生物学物理学化学などと分けるのは時代遅れなのである。

「どうして生物の教科書に化学式が載ってるんですか!これじゃ化学じゃないですか!化学が苦手だから生物系に進学するのに!」なんて言わないでほしい。君のからだは化学物質以外の何でできているというのだ。また、シュレーディンガーに言わせれば、「生物体の働きには正確な物理法則が要る」。






1編、2編は、大きく言えば、分子細胞生物学の基本を学ぼうとする単元である。生命を現象という面からとらえ、さらに、桜と犬と乳酸菌とあなたに共通する反応を、鋭く見抜いていこうという取り組みである。そして、その道は、間違いなく未来の医療、人類の持続的な発展につながっている。健康に気を付けながら、しっかり学んでほしい。