2017年1月25日水曜日

反転授業用「生物基礎・遺伝子の本体(DNA)」



テーマ:遺伝子の本体


T「20世紀の初頭になると、科学者は、親から子に受け継がれる身体的特徴が、区別可能な最小単位(後に『遺伝子』と呼ばれるようになる)として受け継がれていくこと、核内にある染色体が遺伝情報の倉庫であることに気付き始めた。そして染色体の化学組成が決定され、数十年にも及ぶ研究の末にデオキシリボ核酸(DNA)が遺伝情報の実体として同定された。1953年のワトソンとクリックによるDNA二重らせん構造の発見を端緒とし(彼らは分子模型の組み立てに没頭[DNAのX線回折像を得ていたフランクリンは当初このやり方を軽蔑していたようである]し、二重らせん構造を発見した)、新たな科学が誕生した。分子生物学、それは遺伝子の構造と遺伝情報の伝達過程を解き明かすことを目的とした研究により成り立っている。驚くほど複雑なDNAおよびその同類分子であるRNAの構造と機能は、今もなお、研究者や学生を魅了し続けている」


Tは3枚の写真を持って話しかける。


T「私の親は誰だろう」




学生は笑いながら「中央」と答える。


T「おや、正解だ」


T「生物は、自身と似ている子をつくる。これは、親の遺伝子が子に伝わるからだ」


「遺伝子とは何ですか」


T「良い質問だ。簡単に答えるならば、『体の特徴を決めるもの』、もう少し難しく具体的に答えるなら、『DNAにある特定の領域の塩基配列』、正確に答えるなら、『定義が揺れていて、だれもわからない』」


T「とにかく、遺伝子はDNAの中にある。遺伝子は体の特徴を子孫に伝える。これを証明したのはハーシーとチェイスという研究者で、大腸菌にとりつくウイルス(T2ファージ)を用いて実験した」





T「今では10歳の子供でも遺伝子とDNAが関係していることを知っているが、昔は偉大な研究者でさえタンパク質が遺伝情報をもつと考えていた(染色体の構造を思い出してほしい。DNAとタンパク質は密接に結びついているので、遺伝子としての働きがどちらにあるかを求めるのは非常にやっかいだ)




T「グリフィスのエイブリーという二人の研究者の形質転換実験(ある種の細菌は他の細菌からDNAを取り込み、体の特徴を獲得する。この現象を形質転換という)から、DNAに注目する学者は、いたことはいた」





T「DNAタンパク質遺伝子論争に決着を付けるため、ハーシーとチェイスが使った構造物がこれ、T2ファージだ(実際の大きさは100nm程度ととても小さい)」


「なんと小さな生物でしょう!原核生物より小さな生物がいたなんて!」


T「いやいや、ウイルスは、代謝を行わないなどの理由でふつう生物とは呼ばないんだ。しかし、生物に非常に近い体を持つ。タンパク質の殻がDNAを包んでいる」



T「ハーシーとチェイスはウイルスのDNAを『標識(放射能を出すようなリン原子をDNAに取り込ませ、DNAから放射能が検出されるようにした)』し、大腸菌に感染させた」







T「そして遠心分離(重い物を試験管の底に落とす操作)した結果、試験管の底に沈んだ大腸菌の内部に、『標識』されたDNAが検出された(二人はタンパク質を標識して同様の実験をやってみたのだが、その場合は、大腸菌の外にくっついていた殻が振り落とされて、試験管の上層から標識されたタンパク質、つまりタンパク質の殻が検出された)」





T「ここから何がわかるかね?」


「ウイルスは、自身のDNAのを宿主の大腸菌に注入し、大腸菌内で子供をつくります」


T「その通りだ。DNAにより、ウイルスの情報が伝わると言うことは、遺伝子とDNAについて何がわかるかね」


「DNAこそ、体の情報をつたえる遺伝子の本体です」


T「よろしい。では、DNAの『使い方』は後で学ぶとして、今は二重らせん構造とよばれるDNAの構造について学ぼう」

T「これがその模型だ」










「DNAはヌクレオチドの鎖が2本、らせんをまきながらくっついたもので、『二重らせん構造(この構造はワトソンとクリックが発見した)』とよばれる構造をとる。君、ヌクレオチドとは何かね」


「塩基+糖+リン酸です」


T「シンプルで良い答えだ。ヌクレオチドが長くつながった核酸には、DNA以外にもRNAがある。DNAとRNAの違いは・・・」


T「糖がDNAではデオキシリボース、RNAではリボース。塩基がDNAではアデニン、チミン、グリシン、シトシン、RNAではチミンの代わりにウラシルが使われている。また、DNAは『二重らせん構造』をとるが、RNAはふつう1本鎖である」










T「DNAでは、2本のヌクレオチド鎖が、お互いの塩基で手をつないでいる。AとT、CとGが必ず結びついている。このような結合を『相補的』な結合と良い、このような塩基同士の性質を塩基の『相補性』という」











「DNAの塩基はどれが入っても良いのですか」


T「良い質問だ。構造的には、すべての塩基がA(アデニン)とT(チミン)のDNAなどもあり得る。しかし、それは何の意味もなさない」


T「実は、我々の体の情報を決定しているのが、この塩基の並び方なのだ。1つの塩基の文字が、通常と違ったものに変わるだけで(これを突然変異という。聞いたことがあるだろう?)、致命的な肉体的変化を引き起こす場合もある」


「RNAとは何ですか。遺伝子の本体ですか」


T「いや、そうではない。RNAはDNAにある情報から体をつくる過程を助ける分子だと考えられている。少なくとも、遺伝子の本体はRNAではない。あくまで主役はDNAだ。RNAもDNAの情報を元に作られる」




*学生の自習ノート










*学生による議論

A「ファージってかっこいい!」

B「一番かっこいい生物じゃない?」

C「ファージは生物じゃないよ」

D「DNAを持つのに?」

C「ファージは、代謝を行わないし、細胞膜も持たない。しかもほかの生物に依存しないと増殖できないんだ」

A「でも、タンパク質でできていて、核酸に遺伝情報を持っているよ」

C「しかし、DNAだけを使うものばかりでもないらしい。RNAに遺伝子を持ったり、一本鎖DNAを持っていたり、かなり生物とは違う特徴を持つよ」

B「ファージなどのウイルスは、生物と無生物の間の存在だね」

D「〇ィキペディアには『ウイルスを殺菌』などと書いてあるけれど、この言い方は正確でないようだね。ウイルスは菌類でも細菌類でもないし、そもそも生きていないものは殺せないのだから」



















●参考

DNA

1.DNAとRNA

(1)核酸糖・リン酸・塩基の結合した単位構造であるヌクレオチドが、鎖状に結合したポリヌクレオチドからなる。DNA(デオキシリボ核酸)RNA(リボ核酸)の2種類がある。


種類

働き


塩基

構造

存在場所

DNA

遺伝子の本体

デオキシリボース

A,T,C,G

二重らせん構造

主に核(もしくはミトコンドリア、葉緑体)


NA

伝令(m)RNA

遺伝情報の転写・運搬

リボース

A,,C,G

(覚え方)DNAとRNAはチがウ(TがU)

ふつう一本鎖

主に細胞質、一部は核内

転移(t)RNA

アミノ酸の運搬

リボソーム(r)RNA

リボソームの一部


(2)DNAの構造:糖とリン酸が交互に結合した2本の主鎖から内側につき出た相補的な塩基同士が水素結合で結びつき、二重らせん構造をとっている。

①遺伝子・・・DNAの特定の領域にある塩基配列。

②遺伝情報・・・遺伝子を含めたDNAの塩基配列全体。

③染色体・・・ヒストンというタンパク質に二重らせん構造をしたDNAが巻き付き、それが規則正しく折りたたまれて1本の染色体となる。

④ゲノム・・・核相同染色体の一方の一揃い(染色体数n)には、その生物の全遺伝情報があり、これをゲノムという。

(3)DNAの複製:細胞周期のS期に複製される。

①DNAの複製方式・・・半保存的複製(娘DNAの一方の鎖は親DNA由来)

2.遺伝子の本体

(1)肺炎双球菌:S型菌・・・カプセル(被膜)をもち病原性がある。

      R型菌・・・カプセル(被膜)がなく病原性がない。

(2)グリフィスの実験(1928年):肺炎双球菌の形質転換を発見。

①加熱殺菌したS型菌をネズミに注射→発病しない

②加熱殺菌したS型菌+生きているR型菌をネズミに注射→発病する

ネズミの体内から生きているS型菌が出現・・・形質転換(形質転換を起こさなかったR型菌は白血球に貪食されてしまうため観察されない)

(3)エイブリーらの実験(1944年):寒天培地で実験

①S型菌の抽出物+生きているR型菌→多数のR型菌とS型菌が出現(培地に白血球はないのでR型菌は生存)

②S型菌の抽出物+タンパク質分解酵素+生きているR型菌→S型菌が出現(培地に白血球はないのでR型菌は生存)

③S型菌の抽出物+DNA分解酵素+生きているR型菌→R型菌のみ

(覚え方)エイッと分解エイブリー(エイブリー、タンパク質やDNAの分解実験)

(4)バクテリオファージの増殖

ウイルスの特徴:①細菌より遙かに小さい(100nm)、②細胞構造がない、③タンパク質と核酸(RNAやDNA)からなる、④各ウイルスは特定の生物の細胞内で増殖

(2)ハーシーとチェイスの実(1952年);T2ファージを用いた実験でDNAが遺伝子の本体であることを証明。

(覚え方)ティーツーファージはチェイスとハーシー(実験材料と名前が似ている)